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自由美術北海道グループ展

永野曜一

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メンバーの入れ替わりはあるものの、常時20名前後で活動してきたことが、案外、長続きしてきた理由かもしれない。これより人数が多ければ内部に異論や対立の余地も生まれるだろうし、これより少なければ会派としての活力や対外的なアピール度に欠ける。とはいえ、ご多分に漏れず、メンバーの平均年齢の高齢化という現象は避けては通れないようだ。

北海道グループの特色をあえて挙げれば、メンバー各人がそれぞれ独立独歩で、特定の師弟関係や地元意識にひきずられることもなく、緩い共同体をなしていることである。大らかで繊細な反面、強烈な意志や個性をむき出しにするのを何となく自制するところがある。これ見よがしを嫌い、内にこもる。そういう点は、作品にも反映されているかもしれない。透明感・清涼感のある叙情的抽象画が多いが、筆者の自戒をこめて言えば、既視感を脱するためには鋭い形態感覚を磨く必要があるだろう。陰影の濃い人物画で知られる森山誠や、人物の孤影に惹かれる昨年度の靉光賞を受賞した杉吉篤はむしろ異色な存在である。同じく昨年度、新会員に推挙された深谷栄樹は、長年オールオーバーな抽象画を追求してきたが、渋みのある画面にうねるような緊迫感が出てきた。

こんなふうに個々の作家に言及していると、あっという間に紙面は尽きてしまう。グループ展ならではの利点について、筆者の偶感を述べてみよう。絵描きは自分が描いた作品を完全に把握しているとは限らない。アトリエから引っばり出して他人の作品のあいだに置いてみることで、それまで気づかなかった欠点や長所をより客観的に認識することができる。また、作風の経年変化が理にかなっているかどうか検証する機会にもなる。そしてとにかく、画家は孤立してはいけない。絵の中に閉じ籠もってはいけない。独善的な絵は、たとえ自信たっぷりだとしても、どこか冷たいものになってしまうからだ。他人の仕事の良さがわかるようになればなるほど、自分の画力も伸びる。いい仕事は、いい仕事をしている人たちの中から生まれる。これはこめかみに力を入れて言えることである。なお、掲載写真は昨年度の会場風景である。

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自由美術・秋田 50 年の軌跡

木村恭己(自由美術秋田グループ事務局)
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自由美術・秋田グループ展が、この8月1日からの展覧会で50回の節目をむかえた。今回の記念展では北海道の森山誠氏を講師にむかえて有意義な作品研究会ができたことを嬉しく思う。

秋田グループ展の歴史は、1965年に故池内茂吉氏宅で5人が発起人となり秋田グループが結成され、その8月に第一回展が開催されたことに始まる。1967年には上原二郎氏を講師にむかえて研究会を行い、その後秋田展に訪れた講師は14名にのぼる。私は10回展から参加させてもらったが、講師の方々の一言一句が心に響き、「ものづくり」の厳しさと喜びを十分に感得させていただいた。

1971年からは東北の仲間が秋田展に参加し、自由美術東北展として10回を数え、東北の同質性を感じながら個々の研鑚につながった。

秋田グループの活動の主なものは、手作りの会報の発行と機関誌『人間』の発行があげられる。会報は2007年に500号記念特集号を発行し、今年度で550号を超えた。初めの頃は年毎のテーマを設定し、池内氏宅での研究会の記録や展覧会評、そして個々の生活感の表現等多岐にわたっていたが、会員の高齢化や多忙により近年は事業の確認の内容が多くなっている。機関誌『人間』には作家研究や活動の記録、随想、作品記録等を載せて年一回発行してきた。いずれも会員による手作りである。

2006年には秋田県が企画した「秋田の現在・洋画界の精鋭たち」の一回目に自由美術・秋田グループの全員が出品し、多くの県民に具象画・抽象画のよさを伝えることができたことは嬉しい出来ごとであった。

他のグループと同じように、秋田の会員も年々高齢化が進み年金生活者が大部分である。ただ近年になって若い作家の出品や入会を希望する作家が出てきて、現在の会員は23名になった。今後、我々に新しい価値観を吹きこんでくれることを願っている。

これまでのグループの諸先輩や仲間の存在から私なりに感じていることがある。それを勝手ながら自由美術の「じ」にかけ合わせて3個のじ4にしてみた。すなわち「人格」「実力」「実績」という言葉に集約されるのではないかと思う。「人格」(人望と言ってもいい・・・)は言うまでもなくその人となり4444であって、事業の推進や展覧会の開催にあたっては個々が互いを気づかいながら共通の価値の向上を目指すことから心地良い時間を共有できることがありがたい。

「実力」は制作に対する真摯な態度を含め、造形感覚の新しさ、感性の鋭さ等々諸先輩からは多くの刺激を受けた。紆余曲折ばかりの小生の作品に対し、的確な助言をしてくれる仲間の存在も挫折することなく制作を続けてこれた要因である。

「実績」は個展やグループ展の開催はもちろんのことであるが、学校教育や社会教育に貢献してきた仲間が多く、その指導から多くの人間44が育ってきた。型通りの指導ではなく、個々のよさを認めて伸ばすことに力を注いできた結果であろう。

いつの頃からか子供や若者のコンピュータ中心の生活が主となり、手を使ったものづくりの体験が薄れていると言われて久しい。手を通して考え、手を通して模索する姿は我々「ものづくり」の活動から発信してのことだと思うし、秋田グループの50回の軌跡は、「このままでいいのだろうか」という問いを世間に問いかけてきた歴史でもあったと思っている。

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自由美術富山グループ展の活動

水野利詩恵

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「自由美術富山グループ」は昭和38年頃、富山大学の彫刻家・中谷唯一先生が中心となり彫刻だけの展覧会を開催していたが、しばらくして活動中止。新たに、絵画・谷内徹氏を入れての再出発が、昭和55年7月26日〜28日(1980年)の第1回展であった。それから隔年に開催し、昨年の平成25年に、第17回自由美術富山グループ展を8月8日〜11日まで開催している。

私が自由美術に出品したのが昭和60年(1985年)からで、出品歴は長いのだが、富山の事務局になったのが16回展の平成23年からで、まだ日は浅い。この歴史のすべては、前任者の谷内徹氏のご尽力の賜物である。第1回展の絵画出品がひとりの時から、志を同じくする同朋者を募り、30年以上もお世話されたのだ。

現在、平面12名、立体4名の16名で活動している。その中には、本展には参加されていない方々も数名いる。毎年ではないことで負担が少なく、富山の中で大作が発表でき、多くの人に観てもらえる場所(大ホールを備え、カルチャー教室が入った公的な美術館)であることも幸いして、私たちの仲間になっている。時々は本展の方にも誘うこともあるが、強要はしない。この展覧会は4日間と少ないが、多くの人に観ていただいている。また、最終日の週末には、3時間かけて講評会を行っている。外部から講師を招くこともある。前回は立体部から岡村光哲氏を招いた。外からの講師は久方ぶりだった。立体の少ない会ではあるが、多面的な視点での講評は、平面の人にはとっても有意義な講評だったと思う。実は近年は、お互いを講評していた。以前は大学教授、美術館学芸員、元自由美術会員等、外部から講師を呼んで切磋琢磨していたのだが、金銭的なものや諸々の事情があって、ここ近年はお互いを講評し合うやり方をしていた。しかし、またそれもマンネリ化したようで、次回は誰を呼ぼうか検討中であるが、この作品講評の精神は昔からの自由美術の根幹からの精神の流れだと思っている。

富山県民の気質は、「しゃしゃり出ない」「沈着冷静」と矛盾する「進取の気質」も持ち合わせている。自分を主張したいのに出来ない・・・・しかし、「講評会」と、名を打つとしゃべるのである。自分自身を・・・・。緊迫した空気が生まれ、緊張感とお互いを重んじる気持ちが生まれ小気味いい空間になる。「そこまで突っ込むか・・・・」と思われることも、内省すればいとも簡単に反省へと変わる。そしてその後の懇親会のお酒は美味いのである。

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栃木自由美術展

石井克(事務局)

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栃木自由美術展は2003年に初めて展覧会を開催した。その前にも組織はあったが展覧会は開催されなかった。栃木の事務局の人が亡くなり栃木事務所は消滅してしまう。

石井克は群馬自由美術に出品しているが、栃木に住んでいるので栃木の事務局になって欲しいと言う自由美術事務局からの要請があり引き受けた。

このことを聞いた出品者の中から展覧会をやろうという気運が高まり、かつて自由美術に出品していた人、自由美術の作品に興味を持ちこの会で学びたいという人に呼びかけ、足利で第1回の展覧会を開催した。当時は出品者11人、今年は13回を迎えて18名が出品している。

会の活動は2011年の機関誌にも書いたが、定期的に研究会を持っているわけではない。足利自由美術グループ展・各会員が所属するグループ展・個展などで交流しているが、会員が一同に集まるのは栃木自由美術展の時だけである。しかし、会期中に会場や会館のレストランで近況や今後の会のことを話し合っている。

展覧会では公開としている合評会の中で、一般の人も多数参加し、活発に意見を交わし学び合ってきた。

昨年から加藤義雄さんに合評をお願いしているが、今年は自分の作品も展示して、自分の作品を取り上げての合評なので、作品のひみつが見え説得力があった。今年度も一点一点作者の考えを掘りおこし、出品者が中心となるような討論が行われ、それぞれが自分の方向性がみえたとの意見が多かった。一般参加者の中からも出品してみたいという人もいた。

毎年賛助出品をお願いしているが、今年度は伊藤朝彦さん、大野修さん、福田篤さん、横山省三さん、加藤義雄さんにお願いし、賛助出品を通して地域の人々に自由美術のすばらしさを知ってもらうことができた。また私たちも大変勉強になった。たくさん学ぶところはあるのだが、この時期ご多忙な中、作品の制作、梱包、発送の労をいとわず出品いただいている。今年で13回目の展覧会開催となるが、今回限りで賛助出品を終了し、この辺で自分たちで互いに高めていきたい。

特に伊藤朝彦さん、大野修さんは、この展覧会に最新の作品を、初回より今回まで毎回出品していただきました。賛助出品していただいた方々、ありがとうございました。

これからも、自由美術の本質をふまえ、地域にねざした会にしたいと思っている。

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自由美術群馬研究会の今

中林三恵(事務局)

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7月1日。今朝は早く目が覚めた。今日は手島さんと来年の自由美術群馬展のための会場を取りに行く日だ。会場は高崎シティギャラリーの第一展示室。9時少し前に着き、書類に希望日を記入、すると同じ日を希望する人がもう一人いた。9時からの抽選には何回か来たことのある手島さんに頼んだ。まず先に引く人を決め、次に箱の小穴に手を突っ込み係りが入れたボールをつかむ。手島さんが1番に引くことになった。そして赤いボールを見事につかんだ!なんという快挙!

一つ良いことがあると人は生き返る。

研究会をやめますという人が何人か続いて、今年は不出品という人も一人いて、意気消沈しそうになっていた私だったが一発で会場が取れたことで前向きになれた。今回から入会した人もいるし、何とか来年の50回展は行ける、とほっとした。

7月22日。ノイエス朝日での第49回自由美術群馬展の陳列の日だ。新井さんが10時15分に着くというので私もその時間に会場のノイエス朝日に行った。感心したのは手島さんが一足早く到着していたことだ。えらい!と心の中でほめる。間もなく新井さんが来た。三人であれやこれや思いつくままにこの原稿の中身についてアイデアを出し合った。いつの間にか創立メンバーの東宮さん(故人)、有村さん、井上さん(故人)たちの事に話が行った。彼らがこの研究会を立ち上げたのは40代の前半だったのだ。手島さんくらいだったのだね・・・と。今その年代の人達の何と余裕のないこと。どうなっちゃったのだろう、日本。みんなが展覧会を楽しむゆとりが欲しい。当番だから来るのではなく、楽しいから会場に集まる、と言うのが私の願いだ。

あの頃は群馬造形サークルって言うのがあったね、と新井さんが思い出を語った。たくさんの先生達が、保母さん達が群馬の美術教育を学び合いたくて上牧温泉の辰己館に集まり美術教育の実践発表をし合った。その中核にいた三人が今度自由美術群馬研究会と言うのを作るから入らないか、と誘われてこの会に入ったんよ、と新井さん。私もそうだった。新井さんは先生になって一年目、私は二年目だった。でもメンバーは教師ばかりじゃなかった。色々な職業の人が加わった。そしてあの熱気、事が終われば酒を飲みに町へ出る、というバンカラな気風も楽しかった。

まず明日7月23日からの49回展を楽しもう。今回の出品者は平面14人、立体2人。会場当番をしながらみんなの作品と自分の作品にじっくり向き合おう。お客様の感想も聞きたい。来年の50回展の会場は確保したが内容はこれから煮詰める。天空のお二方もきっと見守っていてくれるに違いない。俺たちの作品も飾ってくれるんだろうなとどこからか声が聞こえたような気がした。

大丈夫、忘れてはおりませんよ!

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U展の紹介

加藤義雄(前埼玉事務所)

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1975年12月に故田所幸一さんのカケ声で、「自由美術グループ展」として11人で発足した。いろいろあったが今年で39年になる。3年前大震災で中止になったため38回やったことになる。今年の参加者は59名と前回より10名程減った。また特別展示もなく寂しくなった。ところで1989年から千駄木画廊で始めた小品展も、河野節さんの力添えで25年続いている。いまは東京自由美術展に期日を合わせている。上野から千駄木は歩いて20分ほどである。そして古くなるが2001、02年には春日部で「視展」と銘打って窪田旦佳さんの骨折りでU展6人展をやった。また、そのころ光山茂さんの尽力で、つくば市で「自由美術つくば展」を2回開いた。U展から多数参加した。2004、05年には正月に新年会も兼ねて、埼玉近美でドローイング展をやったが、自分は年3回の開催は、会場確保やハガキの手配の他に埼玉平和展、大宮平和展なども手伝っていたためキツかった。参加者も大変というので2回でやめた。

その頃作った出品目録の表紙の図柄が面白かったので、いまでも目録の裏表紙にはU展のマークがわりに使わせてもらっている。その作者の名前の手島邦夫さんの「夫」を「男」にして作ってしまった。いくらも文字のない表紙に2文字も誤植がでて、そのショックは今でも忘れられない(図柄参照)。とりあえずお詫びシールを挟んで済ましたが、酒飲みながらの校正は禁物です。目録表紙に絵柄を入れるのは、昔の本展の出品目録に習ったもので、2年ごと引継ぎのU展事務所担当と会計担当の方の作品を載せることになっている。また手島さんの調べで3年前からU展の年表を目録の中に2ページに亘り掲載しているが、資料に欠けているところもあるが貴重である。

U展のいいところは合評会が、本展の会員、一般の別なく参加者全員で真剣にやっていることで、いつも時間がオーバーしてしまう。さらにやはり会費(出品料)5千円と安いのがよかった。だが今年から6千円になった。それは特別展示をする方がいなくなり財政が苦しくなった。さらに大震災で直前中止のためプール金が減ったところに5月に東京自由展が始まり、4月、5月と続けて、千駄木展もありスケジュール的にもサイフ的にも苦しくなった。原因はハッキリしている。

また来年は県立美術館改修で会場確保ができず、埼玉展は休み、千駄木展だけになった。

特別展示は1段がけで、縦100号なら10点位と廊下側に小品5、6点は展示できる。それで昨年まで4万4千円である。個人用案内ハガキ100枚と自由美術関係はU展事務所が発送で切手代も浮き、全体会場の当番がいるので、都合が悪い時は休めるのだ。観客も毎年1,200人位は入る。自分はバイクで20分位のところに住んでいるので退職してからは1年おきくらいにやった。一般出品者が本展選外作を見てもらいたい作品や実験的な作品を展示する場として、また若い方々の作品研究の場として大切にしたい。肝心なこと1つ。本展に出品していない方や自由美術を辞めた方もおり、1993年から「自由」という名称をはずし、単に「U展」になった。URAWAでやるのでその頭文字をあてている。

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第3回東京自由美術展を終えて

西村幸生(3回展事務所)

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東京都美術館で、5月22日より30日の9日間、第3回東京自由美術展が行われました。梅雨の前の上野は、新緑にむせ返るように、木々に覆われて夏を思わすような日差しが照り返していました。久しぶりの上野は、少しこぎれいになりすぎて、よそよそしさを感じさせながらも、吹き抜ける風は心地よいものでした。

平面77名、立体12名の、会員だけによる展覧会は、どの部屋を見ても、ゆったりとして、密度のある、緊張感を壁面に作り出していたように思えます。どの作品が良いとか言うのでなくて、89名・108点の作品全体のかもしだす『雰囲気』のようなものが、『自由美術』を体現していました。

関東圏だけでなく、今回展から地方の会員にも参加を呼びかけたところ、三重・広島・秋田から4名の方の参加を得て、関東の地方展に新鮮な刺激を投げかけていただいたのも気の引き締まる思いになりました。次回展にも地方の会員の方の、本展とは違った顔が見られるのが楽しみです。

入場者数も、3回展ということで少し定着してきたのか、1回展、2回展と少しずつ増えてきて、2,600人の入場者になりました。目録を500部用意したのですが、足りなくなりあわてて追加印刷するようなことも起こりました。少し大きなグループ展と言う事で、経費も労力もさほどかけないで行えるのは「東京自由美術」の良いところでもあります。

会期中、何人かの人から言われたことが気になっています。一つは、東京自由美術展の魅力ということです。六本木の本展との違いをどのように出して行くのか。二つめは、展示の面白さをもっと出せないのだろうかということです。二つともむつかしいことなのでどうすればよいということは言えませんが、みんなで、少しずつ、いろいろな試みをして行くことが大切で、その中で東京自由美術の未来が作られるように思えます。

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第36 回静岡県自由美術展

山本英男

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昨年の「静岡市民ギャラリー」(静岡市)より「クリエート浜松」(浜松市)に会場を移し第36回静岡県自由美術展が開催されました。毎年の開催で今年の会期は7月8日〜13日。地元での作品の発表も然る事ながら秋の本展出品前の相互研鑚の場という意味合いもあろうかと思います。現在静岡県自由美術の会員(本展への一般出品者を含む)は23名で今回展では、その内17名の出品者により33点の作品を陳列。

面積全国2位の政令市浜松は言はずと知れた「音楽」の街。楽器の製造はもちろんの事、「国際ピアノコンクール」に「国際オペラコンクール」と共に入賞者は世界で活躍するアーティストとして羽ばたいて行きます。「美術」はというと老巧化と車社会にそぐわない市立美術館の他、秋野不矩美術館があり、市では全国公募の浜松版画大賞展(トリエンナーレ)を開催しているものの、やや影が薄いのは否めないところ。

察するに何処の地方も同じだと思いますが、静岡も忍び寄る会員の高齢化は今後の課題で、会を運営するにあたっての会員数は足りているのですが、労力を要する展示の作業は年々厳しさを増しています。創意工夫に限界が来る前に、若い方の参加を促す為に何が必要なのか方策を練る事は喫緊の課題です。今回お借りしたギャラリー近隣には公立の「文化芸術大学」があり、デザイン、美術、建築などを学ぶ多くの学生が集っていて、会期中も熱心に写真を撮りメモをしていくらしい若い方も見かけましたが、彼らの目にはどのように映っていたのか。

ともあれ今年の展示は無事に終え、ほっとしたところで「過去に前例のない」大型台風が沖縄に上陸し大きな被害を出し、なおも東海地方へとの予報。結果事なきを得たのですが、さすがに中日の来場者はまばら。終わってみれば来場者565名。前回展では723名ですから、来場者数も残念ながら右肩下がりで今のところ明るい材料が見当たりません。下り坂にこそ好機有りか。

最終日には講師を招いての合評会が恒例となっています。今回は小川リエ氏をお招きし、2時間ほどで17名分の講評を頂きました。毎回の事ですが講師の熱心な講評は大変な労力かと思われます。今回の合評会でのキーワードは「好きな音楽」。どんな音楽が好きで、また聴きながらの製作なのか否かの問い掛けに、我々メンバーもやや固定化しつつあり気が付けば永いお付き合いになって来ていますが、今更ながら会員相互に意外な趣向の一面を垣間見た感じではなかったでしょうか。「丸が多いね」小川氏の何気ない一言。やや作品の傾向に偏りが出てきているのはマンネリか。この模様は静岡県自由美術の会報として岡本勝氏が編集し毎年秋頃発行しています。36回目ですから過去様々な方に講評を請け負って頂きました。一々の御名前は割愛しますが、この場をお借りし改めて御礼申し上げます。その甲斐実り、近年は会員推挙や受賞者を数多く輩出することが出来ました。しかし、最終日に会を終え恒例の懇親会にて小山勇氏より「落選して伸びる」とのお言葉。浮き足は禁物。赤堀正巳氏を含めた静岡2大巨星。

厳しくも熱気に満ちた輝かしい時代の自由美術を肌で感じて来られた両氏の領域に何処まで迫れるのかが今後の静岡の会員の課題となり、この会の命運を握っているのではないでしょうか。

東京オリンピックの開催により、コンクリートも人もまた更に東京に一極集中する事になるでしょう。人口の流出や減少等々難多き一地方ですが、来年は「プラザ

ヴェルテ」(沼津市)での開催(会期交渉中)を予定しています。ご来場の折は、ご指導ご鞭撻のほどを。

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第65 回中部自由美術展

足立龍男(中部自由美術事務局)

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本年度も、4月30日(水)〜5月5日(月)の間中部自由美術展の開催を観ることができた。中部は、愛知、岐阜、三重、その近郊の仲間で運営、事業として中部展・巡回名古屋展の開催を主に実施しているが、近年美術館借館料、消費税の値上げ等の影響は避けられず、大幅な経費の増加により事業運営に支障をきたす事となった。過日臨時総会を開催、中部としての会費値上げを会員諸氏にお願いし了承されたが、正直多数の退会者が出ることを覚悟の上でのお願いであった。現在中部展を挟んで多少の入、退会者を見たが平面39名、立体8名、計47名の会員を有し前向きで真摯な活動を続けている。

さて、冒頭の中部展であるが本年度は計画時、<平面>(故)逵氏の遺作展示、<立体>渡辺賢一氏(新会員)、鈴木伸治氏(新人賞)の特別展示を柱に会員諸氏2点出品をお願いし充実した展示内容を目指した。中部展は本展出品のための実験的意欲作の発表の場でもあり例年個々にその試みが観られ楽しい。搬入出は高齢化にもかかわらず皆さんの真面目な働きにより例年事故なく時間内に終えることが出来ている。本年度特に立体特別展示に際しては渡辺、鈴木両氏と立体部諸氏の御協力に心から感心、感謝している。又、(故)逵氏遺作展示に際しては、奥様、ご子息共お忙しい中、美術館会場までお運び頂き作品1点、1点の展示場所のご指示を仰ぐことが出来、(故)逵氏の最後の展示を充実したものにすることが出来たことは嬉しいかぎりであった。会期中美濃部民子氏、小西煕氏の御来展を賜った事も驚き感謝している。

中部展事業内容
参加者数42人
出品点数105点 平面86点 立体19点
入場者数1165人有料17人招待状無料1148人

ここから又美術館来季申込、愛知県助成金申請書類・資料作成、共同搬入日程・経費打ち合わせ等々の仕事が待ち受けているが中部自由美術のため一つ一つ乗り越えながら努力していきたいと思っている。

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中部自由美術版画グループ展

兵藤寛司

今年の5月20日(火)から、第1回の「中部自由美術版画グループ展」を開催することが出来た。会場は名古屋市の愛知芸術文化センターで、14名のグループでスタートした。全員で問題意識を持って出品しており、来年の発展とお互いの研鑚、親睦を目指すことを確かめ合った。来年の作品が楽しみである。

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第22 回自由美術岐阜グループ展

森谷連

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第22回自由美術岐阜グループ展が、平成26年2月4日から9日までの6日間、岐阜県美術館県民ギャラリーで開催された。出品者は平面の奥村伸哉、鍵谷美智子、加木屋満、下総しげお、中田京子、松井眞善、森谷連、山本健司と立体の渡辺賢一の9名。

岐阜の地から自由美術展への初出品者は、板津包信氏(現90歳)、当時岐阜大学生であった(故)鵜飼充男氏・(故)塩谷寿久(壽悠)氏の3氏で、昭和32年第21回自由美術展であった。主体美術と分離後、自由美術へ会員として迎えられた(故)安藤勲氏が岐阜大学教育学部美術工芸科主任教授に神戸大学から着任した。昭和40年代初め上記4名が中心メンバーとなって自由美術岐阜グループを結成した。それまで、岐阜の地は保守的な日展系の美術団体に所属する作家が多かっただけに、自由美術岐阜グループの結成はかなりセンセーショナルなものであった。

時を経て平成6年、展覧会場を現在の岐阜県美術館に移し、本格的なタブローの発表の場をもって今日に至っている。当初から10数名のメンバーと名古屋からの賛助出品者を加えながら開催してきた。以後多少の入退会者はあったものの15回展あたりまでは、メンバーも開催時期も固定されつつ安定期を迎えていたかに見えたが、創立メンバーの塩谷氏が平成20年12月、鵜飼氏が平成22年11月に相次いで他界。残されたメンバーは、失望感と共にグループ存亡の危機に晒された。追い打ちを掛けるように平成24年度末には、高齢を理由に板津氏が退会を決意、更に平成25年度末には山本氏も一身上の理由で退会されることになった。

前回の第21回展では、板津氏の回顧展を同時開催し、70年余の画業の全貌を展示することができた。今回は特別の企画もなく、メンバー9人の近作約30点で構成、内容的にも新たなテーマを追求する者、従来のテーマをより意欲的な創作態度で取り組む者、果敢に実験的な表現形式を試みる者などであった。中でも、独創的な技法で一段とマチエルと画面構成に深みを増した加木屋氏の「弧の情景」シリーズや2年振りの個展開催直後の中田氏の「生成」シリーズは、まさに増殖進化の過程にあるような新鮮さを感じる作品群であった。第77回自由美術展立体部門で、会員に推挙された渡辺氏の「生のフォルム」シリーズは、更に勢いと緻密さを増した構造的なフォルムが魅力的。第77回自由美術展初入選の松井氏は、精力的に5点の版画「自画像」シリーズを出品し、内面的な主題を多様な技法で構成した作風で、会場に新鮮な活気を醸し出していた。

一喜一憂の歴史を繰り返しながら、今日に至っている岐阜グループだが、第22回展を終え、改めて、「メンバーの高齢化」「見込めない新規加入」「岐阜展・中部展・東京本展等々への会費・負担金増」等々山積する課題を痛感した。これらの課題が、メンバー一人ひとりに過重負担となり、創作意欲に影響を及ぼすことになると致命的である。

今後『継続は力なり』と胸を張って言い切れるか、果たして『岐阜グループに明日はあるのか』今まさに正念場を迎えている。

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「うつなみ画会」展

坂内義之(三重地方事務所)

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熊野から新しい美術の創造を目指す「うつなみ画会展」が2014年5月23日(金)〜5月25日(日)、熊野市の熊野市民会館一階ラウンジ・南大会議室・二階ラウンジで開催されました。

自由美術協会三重地方事務所と「うつなみ画会」代表を引き継ぐこととなって5回目の開催です。三重県内の自由美術協会会員、同展入選経験者及び出品経験者で構成する会員のうち、今回は13人(40〜90代)39点の作品を展示しました。

自分自身の作品の確認の場として、存在感のある作品を展示したい、そのためにはどのような展覧会でなければならないかを考えた結果2年に一度の開催となりました。

展覧会の開催は、作品の集荷、出品目録の作成、案内状の作成、会場設営、看板の作成、作品展示と少ない人数では大変ですが、次の作品制作に活かせる展覧会にしたいとの思いで取り組んできました。

展示後、懇親会を行い大いに盛り上がって、初日を迎えました。メンバー同士、展示された作品の前でお互いの作品について批評しあう場面や、鑑賞者と熱く語りあい大いに話が盛り上がったりする場面が多くみられるなど、作品の反省の場となって次につながる展覧会になったと思っています。地域の皆さんにも自由美術の作品を知ってもらう良い機会にもなりました。

期間中、中央紙3紙、地方紙4紙に「魂の表現」「個性豊かに表現」「レベルの高い作品が並ぶ」等々のみだしで記事として掲載されました。地域のケーブルテレビでも期間中の会場の様子が放送されました。

今回の「うつなみ画会展」の開催では、熊野までの高速道路開通もあって、隣の尾鷲市や遠く伊勢市からも鑑賞に来てくれました。

作品と向き合うことで、本当の自分のものを創り、思想や夢を視覚化し、魂の表現を造形化して存在感のある作品を自由美術展に発表していきたい。実現に向かってメンバー一同制作に励む毎日です。

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自由美術京都作家展

平岡潤

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現在、京都御所とその庭園の東側に位置する京都府立文化芸術会館で毎年春に展覧会を開催している「自由美術京都作家展」、今年で56回を迎えた。

この作家展は、地域展として京都府、滋賀県それに大阪府の一部に居住している作家の集団で構成され、本年は立体表現の作家を含め6名の新しいメンバーが加わり、総勢26名の参加で活気溢れる会となった。

これまで、本展の準備、下見会という色彩が濃かった作品発表の場であったこの地域展の考えをとっぱらって、内容的には具象、抽象、幻想、象徴・・・・など様々な表現への試みが見られ、勿論、作品によっては作家の意図がよく表れているもの、また迷いがあって中途半端に終わってしまったものなど、その段階はさまざまあるが、しかし何か自分の願っている思いを作品にしようとする気持ち、意図が感じられて展覧会場に無言の響きや会話が飛び交っているのを感じた。

さらに、芸術本来の在り方、方向をしっかり握りしめ、個人々々の主張を生み出し発展させていくことに力を入れようではないかと言うことで話し合い、作家展の在り方をお互いに確認しあった。

その方法の一つとして、各作品に作家名、画題だけでなく、作家本人の作品に対する思い、狙いをキャプションとしてしるし伝えるようにしていく事を取り決め現在も継続して実施している所で、文章の内容、構成等については、鑑賞する方に自由に解釈して貰い、つながりを一層深めていけることと確信している所です。

尚、当作家展は、京都府の後援もあり、地域の芸術への関心を啓蒙する上からも、「京都府知事賞」が設定されて居り今回栄えある賞には、初参加ではあるがユニークな立体作品で、作家展に新しい"風"を吹き込んだ、山崎

史氏に贈られ、新たに出品した方々に大きな励みになった事を報告するところです。

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第33 回自由美術大阪支部作家展

日和佐治雄

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サンパル市民ギャラリーは、JRや私鉄が集まる神戸三宮駅のすぐ近くだ。

街の飾りや行きかう人々に正月気分が残る1月9日の午後、今回で33回を迎える大阪支部作家展の陳列を行った。(会期は2014年1月10日〜15日)

第33回展の出品作家は20名、作品は立体も含めて31点である。

振り返れば、ギャラリー開設当初から、大阪支部のメンバーが新しい年の最初の展覧会をこの会場で開催してきた。新春の展覧会を30年以上も続けてきたことはとても誇らしいことだと思う。

ところで、大阪支部は年4回、神戸と京都で作品発表の場を持っている。

新春の大阪支部作家展(神戸三宮サンパル市民ギャラリー)、4月の赫展(兵庫県立原田の森ギャラリー)、そして京都支部と合同で行う7月の関西展と11月の巡回展(共に京都市立美術館)である。

3カ月程の間をおいて発表を続けていくことはそんなにたやすいことではない。私ごとで恐縮だが、新春の支部作家展は年末の時間のやりくりがうまくいかず、今年も正月に慌ててしまった。

しかし、吉見敏治さんをはじめ会を支えるベテランの方々は、常に前向きで大作に挑んでいる。今回も、正面と両サイドの壁面に100号大の作品が並び壮観だった。

実は、この会場は、近いうちに改装することになっていて、ギャラリーは6階から2階に移転することになったと連絡を受けている。慣れ親しんだ場所だけに少し寂しい気持ちもするが、年初めの展覧会日程はこれからも変わらない。

展覧会の最終日、ギャラリーの担当者の方から「ご苦労様でした。来年は新しい会場ですね。」とねぎらいの言葉をいただいた。

今後も誇りを持って支部作家展を盛り上げていきたい。

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第52 回自由美術関西展

小西煕
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会場京都市美術館1F北
会期7月8日〜7月13日
出品者数49名(内初出品者5名)
出品点数106点(平面102点、立体4点)

自由美術関西展は今年で52回目を迎えました。今年は会期中に2875名という、かつてない入場者があり驚きましたが、これは同時期に美術館で開催されていたバルチュス展からの流入があったことと、昨年来の初出品の人達の友人知人が予想外に多く来場されたことも一因であったようです。多くの入場者を得たことに一瞬の喜びを感じながらも、これからの関西展継続には相次ぐ借館料の値上げ、出品者の高齢化などという重い課題も背負っていて、これは出品者の皆さんが知恵と工夫を絞り、その上魅力のある展覧会にしてゆく以外に方策はありません。この何年間か作品展示の工夫や、出品作家による企画展等、新規出品者を募るために初回の出品料を無料にしたり(これは批判のあるところですが)、経費節減のため受付・会場当番、その他展覧会業務全般を全出品者でおこなう。受付アルバイトを廃止して入場料は無料にするなどを行ってきました。いづれにしても52才になった関西展も人間同様に加齢によるエネルギー低下やマンネリに陥ることの自覚が必要だと思っています。そしてこうしたいくばくかの変革は、あくまで展覧会とその作品の更なる魅力増のためのものだということはいうまでもありません。

今年の関西展では、会場内での出品者の人達の会話が可成り盛んになりました。そして最終日に行われた合評会には多くの出品者が参加して閉館時間を少々オーバーして熱心に行われたことに何とも云えない嬉しさを感じたものです。

ここに関西展発足後4年目に出された展覧会メッセージがあります。若く青臭くもありますが今に通じるものを感じ、抜粋して紹介致します。

「1966年※自由美術連合展でのメッセージ」

京都市美術館での自由美術連合展は、地域研究活動の輪として、自由な作品発表の場を持とう、自由に参加できるという形が欲しいということで始められた。そして作家と作品が身ぐるみ参加し、日頃の活動の反映を自由に発言するのが目的である。(中略)クリティクの問題にしても、自由で解放された場所があれば、充分に自分自身の論理性へと育ち得るということである。自分達で種をまく、地味だが豊かで実り多い母体作りを始めようということである。(以下略)

※創設時の名称は自由美術連合展であった。

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第56 回東中国自由美術展

額田哲郎

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第56回東中国自由美術展2014年7月29日(火)〜8月3日(日)岡山県天神山文化プラザ中四国6県(島根、鳥取、岡山、広島、兵庫、香川)、20人のメンバーによる東中国地区の自由美術展。毎年この時期に、本展出品に向けての研鑽と親睦を兼ねて岡山で開催している。今年度は、絵画19名38点、彫刻1名1点、吉見敏治氏の企画展示(絵画25点)という構成である。入場者数約800名。各自の地道な探究と展示方法の変化からか新鮮な印象を受けると概ね好評であった。最終日には例年通り、県外出品者も多数交えて合評会を行ない、終了後も熱い議論が続いていた。

企画展示は吉見氏の1975年以降の旧作6点(60号5点他)、阪神大震災の記録画5点(各96×66cm)、震災後の壁シリーズ作品14点(100号8点他)、東日本大震災後の東北支援活動を報じるDVDの映写、図録(こうべ壊滅、自選集)等を展示した。地元メディアの反応もよく、初日にたまたま作家本人が居合わせたということで、急遽ラジオ局の生中継が賑やかに始まったのには驚かされた。長年吉見作品を見てきたが、今回の展示で次の3つの視点を新たに持つことができたのは大きな収穫であった。それは、

①震災記録画(具象画)とその後の壁シリーズ(抽象画)との比較により抽象化することの意義が見えたこと。震災直後の現場を忠実に写生した絵は実に生々しく見る者に迫ってくる。しかし、その後吉見敏治というフィルターを通して描かれた抽象画は、それ以上の臨場感と一人の人間が受けた衝撃と再構築する力を生々しく伝えてくるのを実感することができた。今までは、2つを併置して比較する機会もなかったし、壁シリーズにしても、2〜3点ずつ見ていたために気付きにくかったことが、今回は100号8点他に囲まれて見たために強く感じることができたのだろう。

②戦争や震災など具体的な「体験」を抽象化するということを意識できたこと。今まで、「体験」そのものを純粋形体で抽象化するということを意識したことがあっただろうかと自問した。壁シリーズも初めは具体的な「物」の抽象化から入っているので、技法は異なるがカンディンスキーやモンドリアンの抽象に近いのかも知れない。アメリカの抽象表現主義以降の純粋抽象、幾何形体による完全抽象にはそんな概念はない。

③震災前と後の抽象化を比較することで、本質を抽出する力の違いを見ることができたこと。吉見氏によると、元は戦災で崩れかけた建物など具体的な「物」を抽象化していたとのこと。それが壁の亀裂や染み、引っかきや落書きへと移ったとしても、やはり「物」の抽象化である。それが「物」から離れて純粋な線や形や色による表現へと昇華していく過程が見えるのと同時に、震災後はその抽出力というか、「体験」を純粋形体に置き換える力が研ぎ澄まされているのが分かった。以上の3点である。

近ごろ、抽象画を描き続けていく意味はあるのかという心配が、頭をよぎることもあったが、その懸念を払拭してくれる確固たる存在意義を見せてもらった気がした。

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「グループ黄人」展(広島)

嘉屋重順子

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広島に「グループ黄人(おゝじん)」が出来たのは、1968年です。自由美術会員の灰谷正夫氏が「自由美術の広島地方での研究グループが必要ではないか」と提案され発足したのです。名称については、清水

勇氏が「我々は黄色人種である」ことから「グループ黄人(おゝじん)としたらどうか」と、言われ、そこに居た人たちもそれを承認して決定されました。

第1回展は、広島市内のピカソ画廊で開催しています。当時のメンバーは10人前後だったようです。

発足から8年後の1976年2月に東京都港区芝愛宕山画廊で「黄人8人展」を開催されています。その画廊は元自由美術会員であった溝田コトエ氏が紹介していただいたそうです。会場へは東京近郊の自由美術の方々がご来場下さり、大いに盛り上がり、「黄人」のメンバーは深く感謝しています。

「黄人」展は年に1回は発表の場を設定する予定であったようですが、なかなかそのようにはされませんでした。今年(2014年)が46回展になっています。途中どういう理由で開催されなかったのかわかりません。

「黄人」展のメンバーは自由美術と密接な関係にありますが、「黄人」展に出品する人は必ず自由美術展に出品しなければいけないということにはしていません。「黄人」展の輪を広げるということで、知人や友人に制作活動をされている人がおられると声をかけているのです。輪が広がることはお互いに刺戟を受けることで大切なことだと思っています。

「黄人」展の会場は固定して決まっていません。今まで広島県呉市、広島県福山市でも開催しています。又広島市で多く開催していますが、広島市西区区民文化センターギャラリー、安芸区区民文化センターギャラリーなどで開催して来ました。最近は広島県立美術館地下の県民ギャラリーの一室を借りて開催しています。今年は8月5日(火)〜8月10日(日)まで開催し25人が参加します。

私にとっても「黄人」は絵の方向を決定した会でした。

1961年22才で東京から広島へ帰り、就職、12月には家庭を持ち、その後の数年間は育児と仕事などめまぐるしい年月が過ぎていきました。振り返ると、「黄人」が結成された時も、愛宕山画廊で「黄人8人展」が開かれた時も、すでに広島にいたのですがまだグループ「黄人」には入っていませんでした。その後、清水

勇氏に誘われて「黄人」展に参加するようになり、又自由美術展にも出品するようになったのです。もし、「黄人」に参加しなかったら、絵をかくことを断念していたかも知れません。一人で絵を描くことも良いのですが、よい仲間に恵まれることは、作品を完成度の高いものに成長させるためには重要なことだと思います。グループ「黄人」が、広島の自由美術の仲間に刺戟的でよい影響を互いに受けあう関係でありたいと願います。

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山口自由美術展

山本哲生

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山口自由美術展は1965年(昭和40年)県内の自由美術展出品者の研究グループとして発足しました。第1回展は山口市で開き、以来宇部市、防府市、光市、萩市、山陽小野田市、周南市、下関市など各市で開催しました。近年は県中央部の防府市を主な会場として開催しています。昨年度(2013年8月22日〜25日)で第47回目を数えます。

この展覧会はグループ会員の研修が主な主旨であり、本展へ出品する作品の研究会です。そのため持ち寄った作品について全会員の参加のもと、作者が自作についての自評を行い、制作意図や技術的な説明を行います。そして、それについての質問や作品についての意見交換を行います。その中での問題点や気づきを通して本展出品に向けての修正や手直しの手がかりにします。もちろん自分の意志にそぐわないことは参考意見や考え方のひとつとして受けとめていくことになります。しかし、この研修会では、自作について制作意図を明確にすることができ、前向きな制作意欲につなげることができます。また、本展出品をしない人も会員にいます。まだ本展出品に自信がもてず勉強中で、作品のレベルを上げてから本展へ挑戦しようと考えています。また、本展に出品したいが、この展覧会に参加し参加者の作品と比較してから考えたいと賛助出品をする人もいます。昨年度も一人参加し、本展にも出品され、初入選されました。この展覧会は主に本展出品をめざすことを最終目標に考えていますので、希望すればだれでも参加できるわけではありません。参加を希望する人は、この会の会員に参加希望を申し出て、この会の趣旨に賛同できると事務局が判断すれば展覧会の案内を送付し参加できるようにします。そしてこの展覧会で作品を鑑賞し制作活動が続きそうで本展にも参加できそうだと判断すれば会員として次回から参加することになります。昨年度も二人ほど若い人が参加しました。しかし、この会の会員としてはまだはやいと判断しました。また、この展覧会に近年山口出身で山口にゆかりのある伊藤朝彦さんにも招待出品として参加を頂いています。作品鑑賞を通して良い勉強をいつもさせて頂いています。

この展覧会のもうひとつの目的に会員相互の親睦を図るということがあります。会期中の土曜日の夜、懇親会を開いています。宴会を通して夜遅くまで制作活動や美術についての思いなど意見交換し、世間話も交え親睦を図っています。近年会員が高齢化したため12時を超えることは少なくなりました。しかし、この会のおかげで会員相互の結束が強くなっています。

最後にこの展覧会はお互いの制作活動の励みになり意欲づけにつながり、また、毎年新たな気持ちで向上心をもって取り組むことができます。この展覧会が長く続くことを願っています。

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自由美術・香川展

川添正次郎

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自由美術・香川展は、2014年で41回となる。最初は7人で始め、現在15名である。ここでは2012年展の時からのあらましを記してみたい。

2012年7月18日(水)〜7月22日(日)

高松市美術館・市民ギャラリーで香川グループ展を開催、高松市での開催は久し振りであった。同好者の要望もあり、2、3年前から計画はしていたのであるが、会場の使用権が抽選で、思うにまかせなかった。会は好評で、高松市を中心に東香川方面の方々に観て頂けたのはよかった。同年引き続きに一ケ月後、8月22日(水)〜26日(日)、善通寺市美術館で開催した。ご存知のとおり、香川県は日本一小さな県で、県庁の所在地が高松市であり、善通寺市は県の西部に位置している。通常なら高松市での開催なのだが古くからの因縁で、善通寺市での開催が多い。いつも1、2名の欠席者があり、今年2014年も13名の出品予定で進行している。

2013年(昨年)の出品も13名であった。13名の内5名が自由美術協会の会員、他は一般出品者(内1名が立体)という構成である。

会場は善通寺市美術館、会期は8月21日(水)〜8月25日(日)、観覧時間は10時〜18時、最終日は14時より公開研修会。内容は先ず作者が自分の制作意図等について述べ、会員各自が質問や意見を出し合う。時に見学者の中から意見を頂くこともあったが、最近ではセレモニー化の傾向がありあまり意義を感じなくなっている。本当の勉強会は、会期中に各々が進めているのが実態である。

以前は作品を持ち寄って、夜のふけるのも忘れて熱心に勉強会をやっていたのだが、会場の問題やその他諸条件で今は跡絶えている。新しい会員も増えてきたので、これは是非とも復活させたいと思っている。

善通寺市の美術館は、自由美術のグループ展を市民ギャラリーとして、館の行事に組み込んでくれているので、無償で使用できるのが実にありがたい。

昨年の会場飾付けは8月20日14時より始めた。本会員(自由美術協会の会員のこと)の作品はおおよそその作風傾向が分かっているので安心なのだが、新しいグループ会員の作品は、未知の部分が多く、それだけ楽しみにしているのだが、時にはとんでもないのがあって驚くやら、うんざりするやら、本人はこれだと主張する作品がどうも頂けない。裏返して見ると(丁度両面パネルに描いていた)黒い画面に黄土色の円状のものが描かれていて、アンモナイトを描いていたのだが途中でやめたものだという。だけど、どう見ても裏の方がいい。本人は不服乍ら裏面の作品を展示することにした。それで何とかそれらしい会場作りができた。他にもいろいろと課題を持った作品が出てくる。この人はいい作品を作るだろうと期待していると、とんでもないような表現をしてすましているといったようなこともあり、自らあるレベルに早く到達して欲しいと願うことしきりである。

会場の飾り付け後にミーティングをやる。年間の報告、会計の仕まい、これからのこと、明日からの当番の仕事等々、その後雑々のおしゃべりをして解散。

四国で自由美術への出品者がいるのは香川県だけで、他県はゼロ。四県に出品者がいれば、四国連合展も考えられるのだが、今のところ近県では岡山県との交流は古い。

昨年はめずらしく広島県から3名の方が来て下さった。今年は、こちらからも「黄人展」に行かせてもらいたいと思っている。

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大分自由美術展

菅記昭(事務局)

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大分自由美術は、第1回大分自由美術展を、昭和43年5月13日(月)〜22日(水)に大分市OBSサービス3階ホールで開催した。この展覧会を西日本新聞社が43.5.17付けで次のような紹介記事を掲載している。

「大分市中央町のOBSサービスホールでは、大分市在住の自由美術3人と出品経験者6人の作品展が開かれている。作品は20〜100号の中程度の大きさでいずれも油絵。具象画も数点あるが、大部分は抽象画。同じ自由美術のメンバーでこんなに違うかとおもうほど各人の持ち味が表現されて楽しい。メンバーに共通しているのは、人間の現実、社会の現実にたいする批判的な創作態度だ。平均年齢30歳、その若い情熱が感じられる。・・・・(略)・・・・こんどの展覧会が初の試みだが、これから毎年開きたいそうだ。」

その後第2回展を昭和46年8月23日〜29日大分市中央町OBSサービス3階ホールで開催し以降毎年続け、今日に至っている。今年は、第45回展を迎える。

目録の冒頭に「自由美術は、形式や技術にとらわれず、新鮮さや、個の資質を大切に創作の重点をおいた、自由な表現をもとめている美術団体です。きれいに完成するだけでなく、イメージの新鮮さを大切に混迷した社会での人間の生きざまや、心の豊かさを表現したいと願っています。」と掲げ、作品鑑賞の一助としている。

また、毎年の展覧会開催時の作品研究会には、本展よりどなたかを招聘し指導助言を戴いている。最近では、大野

修氏('08.'11.'12)、石川惠助氏('09)、醍醐イサム氏('07)各氏にお願いした。これからも会の事情が許すかぎりどなたかにお願いしていきたいと考えている。

大分自由美術の今後の課題は、会の高齢化である。できるだけ若い人の参加を募っていきたいと考える。

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