相互批評

川﨑文雄・松田真治

「街角で」によせて 川﨑文雄

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松田真治:「街角で」

腰掛けたほぼ等身大の女性像、見開いた眼はどこか遠くを見つめているようだ。テラコッタに着彩を施してある。松田さんの近作の自由美術展出品作品は、ほぼこのテラコッタ着彩の女性像である(石膏作品もあるが)。着衣の部分に粘土の手あとを意識して残し、膚の部分はややタッチを抑え目に表現されている。題名の通り女性が街でたたずむ一場面をそのまま切り取ってきたかのような表現は、何か現代社会に生きる人間の孤独感のようなものも感じさせる。しかし、感傷にふけっているでもなく、凛とした意志の強さを感じさせる。そして松田さんの女性像は、やはり遠くを見つめている像が多い。

2010年の「降り立つ」(平和賞)、2011年の「渡る」、2012年の「街角で」といった作品は、都市空間の一部と思われる階段や壁が作品の中に表現されていた。しかし2013年の「街で−terracottadoll−」あたりから人物そのものの独自性が強まって、人物表現の力強さが増してきたように感じる。壁や階段といった物で空間を演出する事にこだわった表現にも松田さんの何らかのこだわりや意図が読み取れるが、それらを廃し、人物のみを切り取って表現しようと試みた近作にも、明らかに別のねらいや思いがあったものと思われる。

別の観点、技術的な面から考えてみる。テラコッタの作品の制作は、大きくなればなるほど厄介なものである。まずは、粘土を焼成するという工程をともなうことで、作品は大きく収縮する。粘土が乾燥する時に縮み、焼成によってさらに大きく縮む。粘土の種類や焼成温度にもよるが、一割くらいは収縮する。もちろん表面の粘土のタッチそのものも縮む。中は空洞にする必要もあり、粘土を型にはり付けていなければ、粘土の自重で垂れて変形してしまう。当然1mを越える作品は分割して焼成して、接合する必要性が出てくる。細い足で立っていれば中に支柱は不可欠となってくる。松田さんの以前のテコラッタ作品の半レリーフ状のものや、着地面の大きい人物像を思い出すと、その苦労のあとがよく理解できる。同じように粘土を焼成作品を制作している者としては、近作の脚や腕、手先等の表現を見ていると、頭の下がる思いである。

松田さんの心情を秘めて、遠くを見つめて存在する、現代社会を表象する「テコラッタ・ドール」。今後どういう展開されていくのか、楽しみにして観ていたいと思う。

川﨑文雄氏の作品を通して感じること、考えること 松田真治

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川﨑文雄:「森は生きているか?」

「横浜の川㟢です」

あれは何年前のことだろう、立体部展示作業後の懇親会恒例の自作紹介の際に、川㟢氏が発した言葉である。「えっ、横浜なのに川㟢?」と私自身のおもしろツボにはまり、その紹介の仕方が妙に記憶に留まった。それで川㟢氏は生まれも育ちも横浜、生粋の都会人だと思い込んでいた。

先日、自由美術の会報が送られてきて何気なく読んでいると、氏の「自作を語る」というタイトルの文章に目がとまった。その出だしには、「戦後10年が経った福岡県の南部の八女市という田舎町で生まれ育った〜」あれ、川㟢氏は横浜生まれではない?福岡出身なんだ。勝手な思い込みとはこのようなことを言うのでしょう。

さらに文章を読み続けていくと、氏の作品制作の原点のようなものが見えてきた。「〜小高い山々を背景に川に沿って開けた田畑の広がる風景。点在する古代の堅穴の墳墓跡〜」田畑の広がる自然と古代人の営みによる墳墓の跡。氏が制作において土にこだわる理由は、この幼い頃の環境、生活に根ざしたものと思えた。

ところで、氏の作品イメージを私なりにまとめると、こうなる。

土のもつ素材感を生かした「人型」が基本となったもの。そしてその造形は何層にも重なった板状のものが張り付いたかのように、あるいは風化作用によって剥ぎ取られたかのようにして形作られている。そしてそこに表現されるものは人間の愚かな営みによって破壊を余儀なくされた自然や社会の矛盾、そして自分自身である。

作品は年齢や時代時代に起こる様々な出来事、事件によって変化するものである。しかし、根底にあるものは不変であろう。自由美術展出品作のタイトルで氏の作品を辿ると、「ひと(犠牲そして風化)」「風化」「孤独なるもの」等。これらのタイトルからも、作品のコンセプトを見て取ることができる。

近年、疑問形のタイトルがみられるようになった。「まだ飛べるのか?」「森は生きているのか?」

「まだ飛べるのか?」の造形には決して飛ぶことなどできない小さな翼がついている。これは自身も語っているが「自刻像」だそう。齢を重ね人は体力的には衰えてくる。氏にしたってまだ十分若いとはいえ、かつてに比べれば体力の衰えは感じておられよう。しかし、まだ飛べるのか?と自身を鼓舞するかのような課題を突き付けるである。「森は生きているか?」は、自然破壊に対する警告であろう。

最後にもう一度、「自作を語る」から引用したい。

「〜所詮どんな権力者も一市民も同様に土に還る〜」

氏の土による造形は、愛してやまない自然へのオマージュであると同時に、人が無情にも還らざるを得ない帰結の場を暗示したものである。この生と死を併せ持つ土による氏の作品は、疑問形として観るものに投げかけ続けるのである。