自由美術と私

平 田 寛 子
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「それぞれの思い」 平田寛子

80周年という記念すべき特集に私などが書いていいのかと思いつつ、自由美術と私というか絵画と私の中での自由美術との関わりを書いてみたいと思います。

私は1992年が自由美術への初出品で今の新しくなる前の都美館でした。それ以前の古い都美館のころから展覧会はよく見に行っていました。何段あったのかは覚えていませんが正面に階段があって、登り切ったところにエンタシスの柱がデン!と構えていたように記憶しています。そのころ私は専門学校でデザインを勉強していましたが、いわゆる絵画は描いていませんでした。仕事につくようになって何年かしてから何か物足りなさを感じるようになり絵を描き始め、どこかで発表したいと思うようになると自然と自由美術が頭に浮かんできました。多分都美館でいろんな会派の絵を見ていて自由美術が一番私の中に自然に入ってきていたのでしょう。

‘92年の初出品から今年で25年目になることに、この原稿を書いていて気がつきました。銀婚式です。

毎年展覧会に向けて苦しんだり、悩んだり、喜んだりしながら描いた作品。本展の会場に足を踏み入れ自分の作品の前に立つまでドキドキしながら歩いていく途中、自由美術展の持つ静謐な空気感につつまれるのが私はたまらなく好きです。

今私は長年住み慣れた東京を離れ富山で生活しながら制作をしています。こちらに帰ってきてからは自由美術富山グループに参加させて頂き、2年に1度の展覧会で本展の持つ空気感を富山でも味わわせてもらえることをとても感謝しています。そして、毎年10月に電車に乗って晴れの舞台に飾られた自分の作品に会いに行くことを少しでも長く続けられることを願ってやみません。