自由美術協会

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50 年前の思い出

北村隆博

 

50 年前に自由美術で彫刻をした人々を回想すると、皆若かったしお互いがと言うより先輩は先輩で切磋琢磨され、後輩を導いてくださっていたと思う。また若い者達も自分の作るべき目標に向かって頑張っていた。大分記憶は薄れてしまったが、峯孝さんを筆頭に大村清隆さん新田實さん井上信道さんそして、年は少し若いが木内岬さん等がそれぞれの作品を造り、公園や学校等に作品を設置されていた。この先輩の姿を見て自由美術の仲間にしていただいたことを嬉しく思っていた。

彫刻部会があると殆どの人が寄り、お前の作品はどうかね、僕はこう思うよ・・・。もっとここを強調したらどうだろう・・・。と作品は目の前に無いのに良く見て下さっていて助言を頂いた。また若い者も論評した。作品を評することによって自分の作品がより立体的に見えてきた。先輩後輩というのではなく、彫刻を創作する仲間としてお互いが思うことを言い合い、飲みに行ってはどこでも話し合ったと思い出す。

当時の自由美術は日展の気持の眼と手で作る作風を貴しとせず心と手、思想、そして写実の眼、新しい世界を感じさせる感性で作ることを強く押し出していたと思う。このことは今の自分を支えてくれている。

前述の先輩諸氏は日展の出展を辞め、自由の地に制作の場を置かれたという。自由の思想はこの先輩達が作ってくれたものと思う。集会があれば会員としての責任を感じ、運営に協力した。事務局を担当してみると大変なことがある、でも協力しよう、しなければという会員としての、仲間としての気持ちが強かったので大変助けられたことを思う。

余談になるが、飯沢喜七さんの肝いりでペルーに出かけたりインドのラダック地方に曼荼羅探しにも出かけた楽しい思い出もある。 

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